ダイビングをしたことのある方で、多くの方が最初につまずくのが“耳抜き”です。耳抜きが上手にできないとおっしゃる方に話を聞いてみると、
- 体験ダイビングやダイビング講習の際に説明されたけど、よく理解できなかった
- 耳抜きに失敗して痛い経験をして以来、ダイビングをするのに抵抗がある
- 他の人はスムーズにできているのに私だけできなくて毎回焦ってしまう
- 耳抜きが出来るときと出来ないときの差が激しい
など様々な意見をお伺いします。一度苦手意識がついてしまうと耳抜きだけでも大きなストレスになってしまい、ダイビングを躊躇してしまう方も少なくありません。
今回は年間600人以上の体験ダイビングやファンダイビングを担当させていただく現役ダイビングインストラクターが、初心者の方にも解りやすい耳抜きの方法やコツ、耳抜きが苦手な方におすすめのグッズをご紹介いたします。
耳抜きが苦手な方、これからダイビングをしてみたいと考えている方、耳抜きができなくてダイビングから足が遠のいている方などはぜひ参考にしていただきたいです。
グッズやコツなどを先に知りたい方は、目次から耳抜きの方法やおすすめグッズなど各項目にとんで記事を読むことができます。
耳抜きってなに?
耳抜きの原理
ではまず「耳抜き」とはいったいどのような作業なのかについて解説していきましょう。
耳の内部には鼓膜(こまく)の内側に中耳(ちゅうじ)と呼ばれる空気が入っている部分があり、中耳は耳管(じかん)と呼ばれる臓器で上咽頭(じょういんとう)と呼ばれる鼻の奥にある空間とつながっています。通常はこの耳管の開口部が閉じているため、気圧や水圧が低くなると、中耳内の空気が圧縮されて鼓膜が内側に引っ張られ、違和感や痛みが生じます。その痛みや違和感を解消するために耳管の開口部を開き、中耳内の圧力を平衡(へいこう)にする作業を耳抜きと言います。

咽頭につながる耳管の開口部を開けてあげる作業を耳抜きといいます
ダイビングの耳抜きは飛行機や高所エレベーターと同じ原理
文章で改めて書かれると難しくて解りづらいとおっしゃる方も多いかと思います。ですが耳抜きは普段の生活の中で、すでに行ったことがある方がほとんどです。
例えば飛行機に乗った際の離陸と着陸時、もしくは高層ビルで高速エレベーターに乗った際などに、耳に違和感が生じたり、鼓膜が押されるような感覚を感じたり、痛みが生じたりすると思います。
その際に、各々何かしらの方法でその違和感を解消していると思います。まさしくこれこそが“耳抜き”です。
ダイビングの耳抜きも原理は同じなので、一度でも飛行機やエレベーターでの違和感を解消したことがある人は、同様の方法でダイビングの耳抜きも行うことができます。
耳抜きの方法
ではここからは一般的に練習しやすく、解りやすい耳抜きの方法をお伝えしていきます。耳抜きは耳が聞こえづらくなったり、「プツッ」という音が聴こえたりしたら成功です。
バルサルバ法
一般的にダイビングの講習や体験ダイビングの際に教わる方法です。
- 通常の呼吸をしながら鼻をつまんで鼻の穴をふさぐ。
- 鼻をつまんだまま、息を吸ったタイミングで息を止める
- 優しくゆっくり、そのまま息を吐こうとし続ける。
この時口の中に空気を送るのではなく、鼻をかむように耳に空気を送り込むイメージ。
ポイント

目から空気が漏れる人は耳抜きの際に目をつぶるとやりやすいです
フレンツェル法
耳抜きに慣れてきた方や、フリーダイバーなどに多く用いられる方法です。
- 通常の呼吸をしながら鼻をつまんで鼻の穴をふさぐ。
- 鼻をつまんだまま息を吸ったら一旦止めて、舌の付け根を上あごにくっつける様にぐっと持ち上げる。
ポイント
嚥下法(トインビー法)
- 通常の呼吸をしながら鼻をつまんで鼻の穴をふさぐ。
- 鼻をつまんだまま息を止めて、唾をのみ込むように喉をごくん、と動かす。
この3つの方法が一般的に練習することで習得できる耳抜きの方法です。
耳抜きは体質によってやりやすい方法が違う
まで一般的な耳抜きの方法をお伝えしましたが、耳抜きはこの3つの方法だけに限りません。
要は最初にご説明したように“飛行機や高速エレベーター乗った時に感じる耳の違和感を直すのと同じことをする”だけでいいのです。例えば今までお会いした方の中には
- 鼓膜を意識する。
- 耳を前後に動かす。
- 上を向く。
- あくびをするように大きく顎を開ける。
- 顎を左右に動かす。
- 何もしないで勝手に抜けていく。
- 耳の穴に指を入れる、抜く、を繰り返す。
などなど、様々な方法で耳抜きをする方がいらっしゃいました。
初心者の方や耳抜きに慣れていない方はインストラクターやスタッフに教えられたからと言って、バルサルバ法だけで耳抜きを行おうとする方が多いですが、抜けやすさやどの方法が向いているかは、個人差があります。
色々な方法を試してみて、自分のやりやすい方法を探してみましょう。
耳抜きを成功させるコツ
飛行機やエレベーターでは簡単にできるのに水中に入ると途端にできなくなる、という方も少なくありません。
ここではダイビング中に耳抜きを成功させるコツをお伝えいたします。
ダイビング当日や潜る直前に耳抜きをしてみる
耳抜きはその日の体調によって抜けやすさが変わります。
ダイビングポイントに向かう船の上や集合場所でも一度耳抜きができるか確認しておきましょう。
またエントリー直後は水温やスーツによる首の締め付けに体が慣れていないため、筋肉が緊張して抜けづらくなりやすいです。
そのためエントリー(水面に入った)直後は潜降する前に水面で一度耳抜きをしておくのも効果的です。

潜降する前に一度水面でも耳抜きをしておくのも効果的です
足から潜降する
インストラクターや慣れているダイバーはヘッドファーストと言って、頭を下にして潜っていく場合があります。
しかしヘッドファースト潜降の場合、水圧の急激な変化や体の向きの関係で、耳抜きがしづらい方も少なくありません。
ポイント

フットファースト潜降にするだけでも耳抜きしやすくなります
とにかくこまめに耳抜きをする
耳抜きをするにあたって飛行機とダイビングの一番の大きな違いは、気圧変化の激しさです。飛行機内は急激な気圧変化で身体に負荷がかからないように、気圧変化が最大でも0.8気圧程度までになるよう、制御されています。
しかしダイビングは10m潜るごとに1気圧ずつ圧力変化が生じる上に、水深3mまでは特に気圧変化の割合が大きいのが特徴です。
つまり、飛行機の際に5~6回程度耳抜きを必要とする方であれば、ダイビングの際には30~40㎝潜降する度に、こまめに耳抜きを行う必要があります。
ポイント
リラックスして力を抜いて行う
最初の原理でお話した通り、耳抜きは耳管を開けて空気を送り込んであげる(気圧を平衡にする)作業です。そのため、力ずくで行うと逆に顔や首の筋肉に力が入りすぎて筋肉が硬直し、抜けづらくなります。
また、力ずくで行うと毛細血管を傷つけて鼻血を出してしまったり、空気を送り込みすぎて鼓膜を傷付けたりしてしまう原因になるので、耳抜きを行う際はリラックスしながら、力を抜いて、優しくゆっくり行いましょう。

このように首に力をいれてすくめてしまうと、逆に抜けづらくなります
片耳だけ抜けたタイミングでやめない
耳抜きが苦手な方の中には、「片耳だけ抜けてもう片方の耳が抜けない」とおっしゃる方がいらっしゃいます。耳抜きは体質や体調によって個人の抜けやすさが違い、左右差がある方も非常に多いです。
ポイント
バルサルバ法で片耳が抜けたら、そのまま嚥下法を行うともう片方が抜ける、などお伝えした方法のうち何種類かを組み合わせると抜ける方もいらっしゃいます。
できないからと言ってすぐに浮上せず、一旦落ち着いて挑みましょう。

抜けていない方の首を伸ばし、ゆっくり空気を送り込んであげるイメージで行います
上手に耳抜きできないときの対処法
それでもダイビング中に耳抜きが出来なかったらと…不安な方もいらっしゃるかもしれません。
ですがそんな時でもダイビングを諦めることなく楽しめるように、ここでは耳抜きがうまくできなかった時の対処法をお伝えします。
落ち着く
実はダイビングを引率させていただく中で、耳抜きが出来ないとおっしゃる方の多くが、一旦落ち着いてゆっくりやり直していただくだけでできるようになります。
ダイビングで水中に潜る、という慣れない環境への恐怖心などで慌ててしまうと、耳抜きを忘れてしまう、息を止めるのを忘れてしまう、耳抜きの方法自体を間違える、など初歩的なミスをしやすいです。
耳抜きができていないと思ったら、まずはBCD(浮力調整器具)に空気を少しずついれて中性浮力をとるか、潜降ロープなどをつかんで、潜降するのをやめます。
それより深く潜らなければ鼓膜を傷付けることもありませんし、大きなトラブルになることもありません。そして一旦深呼吸をして、落ち着いてからゆっくり優しく行いましょう。

一旦落ち着くだけで耳抜きの他にも様々なことがやりやすくなります
ハンドシグナルを使用する
上記でもお伝えした通り、耳抜きがうまくできていない場合は、それ以上無理に潜降する必要はありません。ですが、インストラクターやバディが先に潜っていってしまうと不安を覚えて慌ててしまう方もいらっしゃると思います。
そんな時は「耳が抜けていない」という意味を示すハンドシグナルを使用して相手に伝えましょう。
耳が抜けていない場合のハンドシグナルは非常に簡単で、人差し指で耳を指さすポーズをしてもらえれば大半のインストラクターは理解できます。
余裕がある方は抜けてない方の耳を指さすようにすると、インストラクターからアドバイスやフォローがしやすくなるので、覚えておいてください。

耳抜きが出来ていないときのハンドシグナル
少しだけ水深を浅くして耳抜きをやり直す
一旦止まり、落ち着いてやり直してもどうしても耳抜きがうまくできない場合は、その水深から50cm~1mだけ浮上してもう一度耳抜きをしてみましょう。潜降ロープを使用している場合は、こぶし5つ分程度が目安です。
先述した通り、水中では最初の水深3mは特に気圧変化が激しいので、50cm水深を浅くしてあげるだけでも耳にかかる負担が軽減され、耳抜きがしやすくなります。
注意ポイント

こぶし5つ分上がるだけで耳抜きしやすくなります
首をゆっくりと伸ばす
水中で首をゆっくりと伸ばして首回りや耳管の筋肉をリラックスさせてあげるだけでも、耳抜きがしやすくなります。片耳だけ抜けていない場合は、抜けていない方の耳を上に向けて空気を送り込むように伸ばすと効果的です。
耳の後ろ辺りをマッサージするように揉んで、緊張をほぐしてあげると抜けやすくなる方もいらっしゃいます。

ゆっくりとリラックスして伸ばしてあげるのがコツ
潜降スピードを緩める
潜降スピードが速すぎると耳抜きのタイミングが間に合わず、抜けづらくなってしまいます。その際は少しずつBCDに給気をして、潜降スピードを緩めるようにしましょう。
注意ポイント
潜降ロープを使用する
潜降スピードの調整に慣れていない人や、耳抜きに自信がない人は、無理をせず潜降ロープを使用しましょう。潜降ロープを使用することで姿勢も安定し、潜降スピードも自分で調整できるので、落ち着いて耳抜きをすることができます。

慣れていない場合や不安な場合は無理をせず潜降ロープを使用しましょう
鼻の押さえ方を工夫する
普段は耳抜きができるのにダイビングになると耳抜きが出来ないとおっしゃる方の中には、マスクの形状や鼻の高さ、マスクの装着位置、グローブの有無など様々な理由で鼻をきちんとつまめておらず、抑えられていない方が時々いらっしゃいます。
ポイント

つまむのが苦手な方は真下から鼻の穴をつぶすようにして押さえるのも効果的

マスクやグローブの形状によっては上から押さえるのも効果的です

片手でやりづらい方は両手の指で押さえる方法もあります
耳抜きをしやすくするには?
実は耳抜きは、ちょっとした心がけや普段の生活の中で練習することで簡単に上達できるスキルです。ここからは様々な耳抜きの上達方法、耳抜きをしやすくするコツをお伝えします。
自分に合うマスクを選ぶ
ダイビング用のマスクには非常に色々な形があり、マスクの鼻部分の高さや抑える際の指の入れ方、シリコンの硬さなどがそれぞれ違います。

マスクにはシリコンの硬さや色、鼻の高さなど様々な違いがあります
ポイント
例えば下の2つのマスクの写真を見比べてもらうと、鼻の部分の形状、高さが違うのがお判りいただけます。

マスクの色だけでなく鼻の形状もメーカーによって大きく違います

上のマスクより鼻の高さが低く作られているのがわかります
このように、デザインだけでなくサイズや大きさが自分の顔のサイズにぴったりフィットしたマスクを選ぶことが大切です。
飲酒や喫煙を控える
ダイビング前日に飲酒をすると、寝不足による体調不良やむくみなどが生じ、耳抜きがしにくくなることがあります。ダイビング前日には深酒はせず、きちんと体調を整えておくのがおすすめです。また喫煙も炎症を引き起こす原因になるので、ダイビング当日や直前は控えるのがおすすめです。
普段の日から空き時間に練習する
耳抜きは練習することで上達します。実は私自身、人生初めてのダイビングの際は右耳が抜けず痛いまま終わってしまったのですが、その後どうしてもダイビングをもう一度楽しみたくてライセンス講習を申し込み、講習開始までの1週間、すき間時間に耳抜きをする練習を繰り返していました。
その甲斐あって少しずつ耳抜きのコツをつかみ、ライセンス講習時には無事に耳抜きすることができ、ライセンスを取得することができました。
ポイント
耳の周りをマッサージしておく
ダイビングの前日や当日に、耳の周りの筋肉をほぐすようにマッサージしておくと、筋肉の緊張がほぐれ、耳抜きがしやすくなる方もいらっしゃいます。

首の周りの筋肉をほぐすようにマッサージしてあげましょう
耳鼻科の先生に相談する
どんな方法を試してもどうしても耳抜きが出来ない場合は、耳鼻科の先生に相談すると処方箋での治療や、専門的なアドバイスをもらえる場合があります。
また、ごく稀に生まれつき耳管の形状等の関係で耳抜きが出来ない方もいらっしゃるので、何をしても一切耳抜きができないという方は、一度検査してもらうと安心です。
耳抜き上達のためのおたすけグッズ一覧
練習をしてもどうしても苦手な方や、いざ海に入るとなるとやっぱり不安になってしまう方などのために、耳抜きを助けてくれる便利な耳抜きおたすけグッズをご紹介いたします。
オトヴェント
オトヴェントは耳鼻科で鼻炎治療のために使用される器具ですが、最近では耳抜きの練習にも用いられます。
これを使用して耳抜きの練習をしておくと、ゆっくりと耳管が開き、中耳腔内に空気が送り込まれる感覚が解り、耳抜きができた感覚を覚えることができます。また、繰り返し練習することで耳管が広がりやすくなり、耳抜きがしやすくなります。

オトヴェント 耳抜き練習用グッズ
ドックスプロプラグ
こちらはダイビングやサーフィンなどのウォーターレジャー専用に開発された耳栓です。
耳栓の部分には小さな穴が開いて、潜降時に鼓膜にかかる水圧の変化を減少させ、耳抜きをしやすくしてくれます。ドックスプロプラグは実際に私も使用しており、金額がお手頃でかさばらないため、重宝しています。
注意ポイント

ドックスプロプラグ サイズがあるので自分の耳の大きさに合うものを選びましょう
プロイヤー2000 ドライイヤーマスク
こちらのマスクは耳の部分にカバーがついており、その中に空気を送り込むことで耳抜きをしやすくしてくれます。
また、イヤーカップがついていることで水中での音も聞き取りやすく、冷水でのダイビングでも耳抜きをしやすくなります。

プロイヤー2000 ドライイヤーマスク
GULL マンティスフルフェイス クリアシリコン
こちらはレギュレーターをマスクに装着し、顔全体を覆うタイプのマスクです。フルフェイスマスクを使用すると、レギュレーターを加えなくて済むので、普段あくびや嚥下法で耳抜きをしている人は耳抜きがしやすくなります。
また基本的には顔が濡れず鼻呼吸もできるので、初心者や体験ダイビングで不安が大きい方、水が怖い方などにもおすすめです。

GULL マンティスフルフェイス クリアシリコン
まとめ
耳抜きはその日の体調や個人差があるスキルではありますが、先天性でどうしても抜けない方は、私が引率させていただいた方々の中でも1,000人に1人いるかいないかの割合でした。
自分に合う方法を見つけ、日頃生活している中で少しずつ練習をしていけば、ほとんどの方がコツを見つけて上達していきます。
また、どうしても不安な方は無理をせず、潜降ロープや耳栓などの便利グッズを使用しましょう。
耳抜きやダイビングは一度成功して楽しい思い出を作ることができれば、その成功体験が自信につながり、次のリラックスした理想的なダイビングにつながっていきます。
成功体験を積み重ねてダイビングを繰り返しているうちに、耳抜きもどんどんコツをつかんで上達していくことができます。ぜひ自分に合った耳抜き方法を見つけて、より快適なダイビングライフを楽しんでください。