こちらの記事では、「ひめゆり学徒隊」にまつわる施設、ひめゆりの塔とひめゆり平和祈念資料館についてお伝えします。那覇空港から車で約40分の糸満市(いとまんし)にある施設ですが、実は、那覇市内にも縁が深いのです。
ディープな沖縄らしさあふれるエリアとして人気の栄町(さかえまち)市場一帯は、「ひめゆり学徒隊」として動員される前まで女学生たちが通ったふたつの学校が建っていた場所。
沖縄の交通の大動脈のひとつである国道330号線も戦前は女学生たちの通学路でした。ゆいレール安里駅付近の「姫百合橋(ひめゆりばし)交差点」、与儀(よぎ)十字路から姫百合橋交差点までの通称「ひめゆり通り」などに、彼女たちの学校にちなんだ名前が残っています。那覇空港から壺屋(つぼや)や新都心方面に向かうルートにもあたるので、通ったことのある方もおられるかもしれません。
- 「戦争の恐ろしい場面を見て、悲しく辛い気持になりたくない」
- 「重苦しい雰囲気を味わいたくない」
- 「子どもがショックを受けてしまうかもしれない」
そんな理由でひめゆりの塔とひめゆり平和祈念資料館にまだ足を運んだことがないならば、ぜひ、この記事を読み進めていただきたいと思います。
第二次世界大戦の終結から2020年で75年。沖縄が凄惨な地上戦の舞台になったことは、あなたもご存知だと思います。激戦地となった糸満市を中心に、平和祈念公園や鎮魂のための塔、戦時中に住民たちが避難していた壕(ごう/ガマ)や日本軍の司令部壕、病院壕なども残されていますが、そこへ訪れる人の数は年々少なくなっているのが実情です。
直接戦争や沖縄戦を体験した世代が少なくなっていく中、次の世代へどう戦争の恐ろしさと平和の大切さを伝えていくのか。ひめゆり平和祈念資料館は、約20年前からその問題にしっかりと向き合い、取り組みを進めてきました。
戦争を知らない世代、戦争を知らない世代を親に持つ子どもたちへ向けて発信を続けてきた資料館は、沖縄戦を知るはじめの一歩としてもおすすめしたい場所です。
「ここへ来てよかった」「人生が変わった」という感想も寄せられるその展示内容を、実際の写真とともにお伝えします。
また、開館30年を迎えての新たなリニューアルについてもまとめました。目次をクリックしていただければその項目の内容が表示されますので、読みたい部分にサクッと目を通していただくことも可能です。
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