日本の歴史上で一番大きな津波は実は沖縄で起きていたという事実をご存じですか?

3.11の東日本大震災のことを考える中で、沖縄と震災について調べていました。すると、沖縄では過去に重大な被害にあっていたという事実を知ったのです。

今回は、沖縄における震災について歴史を振り返りつつ、これからの震災の対策について考えてみようと思います。

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沖縄で大地震が起きる可能性は?

沖縄には、沖縄プレートと呼ばれるプレートがあり、このプレートの歪みにより大きな地震が起きる可能性があるそうです。もし起きた場合、マグニチュード8級の地震が起きるかも?といわれています。

2010年には、震度5弱の地震がありました。沖縄は、本土と比べ、地震が少ないように個人的には感じるのですが、最近は、震度1~2の地震が多いように感じています。沖縄は、5m級の津波が来ただけで、那覇の街で1000人規模の死者が出ると予測されているようです。ここ数年、大きな地震がないので、余計に怖いです。万が一に備えなければと思う次第です。

津波イメージ

石垣島、85.4mの大津波

石垣島、85.4mの大津波『明和の大津波』をご存じでしょうか?

1771年4月24日(明和8年3月10日)午前8時頃、石垣島南方40km付近で発生したマグニチュード7.4の地震が発生し、大津波となって宮古・八重山地域を襲い、八重山群島で9.318人、宮古群島では2.548人の方が犠牲になりました。石垣島では85.4mに達する記録的な大津波となり、宮古地域においても30mを超える波が襲ってきたそうです。この規模の津波は日本最大の津波の記録との事です。

東日本大震災の時の被害は、場所によっては波高10m以上最大遡上高40.1mにも上る巨大な津波が発生したそうなのですが、85.5mの津波とは、倍ですね。想像がつきません。当時は、津波対策などまともにされていなかったでしょう。考えるだけで怖くなります。

津波石

石垣島では、海岸よりもずっと内陸の高台に、津波で打ち上げられたという大きな「津波石」と呼ばれる石があちこちにあるそうです。

今も残る爪痕だと思いますが、私が石垣島に行ったときは全く知りもしませんでしたし、ただの岩だと思って通り過ぎていたに違いありません。過去の教訓として、知っておかなければいけないことだと改めて思いました。

津波大石津波跡現地調査/写真:山村武彦氏

最大のものが大浜崎原公園の西北隅にある津波大石で、高さ7.5~8m、推定重量700トン、表面にはみどり石、テーブルサンゴなどサンゴ礁に寄生生物跡が残されているそうです。

石垣島東海岸の津波石群(津波大石) 石垣島大浜の崎原公園内にある津波大石は、牧野清氏によって命名されま した。

当初は、1771年に石垣島を中心に大きな被害を出した、明和大津波に 由来する津波石と考えられていました。

しかし、炭素14による年代測定など を実施した結果、約3400年前や約2000年前といった年代が得られ、約2000年 前の津波(先島津波)で今の場所に移動したということがわかってきました。

また、古地磁気を専門とする研究では、明和大津波の際、この石は大きく は動かなかったものの、回転するなどして地磁気が動いている可能性が指摘 されています。

このようにして、科学的な検証を重ねた結果、津波石であることは間違い なく、また、明和大津波以前にも大きな津波がこの地を襲ったという教訓的 な要素もある貴重な津波石です。

出典:石垣市

南西諸島近海地震について

南西諸島、琉球海溝、沖縄トラフおよびその近海を震源とする地震について調べてみました。

1771年(明和8年)4月24日 M 7.4 昭和の大津波旧暦3月10日
地震動は小さく、石垣島では震度4程度と推定される。最大高さ30m弱と推定される津波が八重山列島及び宮古列島を襲い壊滅的な被害を生じた。八重山列島では9,400名余、宮古列島で2,463名が溺死。家屋の流出などにより全壊した家屋は、八重山列島で約2,200棟、宮古列島では少なくとも800棟に上り、石垣島では完全に消滅した村もあった

1911年(明治44年)6月15日 M 8.0
奄美大島や喜界島では震度6、沖縄島でも震度5の揺れがあったと推定される。人的被害は死者12名、負傷者26名。喜界島では、全島の家屋2,500棟の内401棟が全壊し、死者1名。奄美大島では家屋全壊11棟。徳之島では崖崩れに伴う死者5名。震源から300kmほど隔たった沖縄島南部でも、598箇所に上る石垣が崩壊、死者1名、負傷者11名

2010年 沖縄本島近海地震
2010年(平成22年)2月27日5時31分、沖縄本島近海、北緯25度55.1分、東経128度40.8分、震源深さ37km、M 7.2 の地震が発生し、糸満市で最大震度5弱を観測した。沖縄本島で震度5(弱)を観測したのは1909年(明治42年)8月29日の地震以来101年ぶりとなった。負傷者2名。住家の一部破損4棟。また、南城市で0.1mの津波を観測した

出典:wikipedia

津波対策マップ

皆さんのお住いのエリアはどうですか?私は那覇市に住んでいますが、住まいが学校の近くのせいなのか、あちこちの電柱に、海抜何メートルと表示がされています。津波対策として、防災マップは近年のものをチェックしておいてください。

津波がもし沖縄で起こっていたら?

援助隊は海と空から来るしかないのですが、津波の時には船は出ません。仙台空港のように海に近い空港は、津波が起こった際、役目を果たせなくなりました。那覇空港は、どの位置にあるかご存知でしょうか?海抜5メートルです。津波の時、どうなるのでしょうか?

空港

津波に一番適した地域はというと、那覇市内では首里城のあたり、そして、浦添市や宜野湾市が土地が高いです。

ということは、津波の時に活躍するであろう空港はといえば、基地問題で常に話題にのぼりますが、宜野湾市の中心に位置する普天間基地が震災の時には最も安全なエリアとなるのです。辺野古へ移転?国外へ移転?して、空港がなくなったら、どうなるの?と考えると少し怖くなります。

中部空から

民間機が嘉手納基地に助けられた

日本の民間機が嘉手納基地のおかげで助けられたという過去があります。

那覇空港に到着予定だった民間航空機3機が、米空軍嘉手納基地に相次いで着陸しました。天候不良で上空待機していたのですが、燃料不足の為、嘉手納基地へ着陸せざるをえなくなったそうです。

燃料補給をしながら天候回復を待ち、嘉手納基地を出発し無事那覇空港へ到着しました。

このような過去の報道があると、基地が移設したとしても、せめて、滑走路だけでも残していてほしいな!なんて思ってしまいます。

基地あたり

まとめ

3.11の東日本大震災は、津波の恐ろしさを教えてくれました。

「津波てんでんこ」という言葉があります。これは三陸地方に昔から伝わるもので「地震があったら、おのおのが(てんでんに)とにかく高台へ逃げろ」という意味で、津波に対する心構えを示したものです。

昔からこんな言葉があった地域なのに、莫大な被害を受けたのです。改めて、住んでいる地域で震災が起こった際の自らの行動を確認しておいて欲しいと思います。

防災グッツ

沖縄も安心しきってはいけませんね!備えあれば憂いなしです。

特に沖縄は平坦な地形ですので避難場所についてはご家族で話し合って決めておく!なんてことが大切です。しっかりと防災に対する備えはしておきましょう。