沖縄と言ったら首里城。

そんなイメージがあることや、空港からゆいレール1本で行けることもあり、多くの方が首里城を訪れますが・・・

実は本当の首里城の見どころなどわからなくて、単なるお城を見に行くという方が多いと思います。実際私も最初はそうでした。

単純に綺麗な城壁、綺麗な景色、朱色の美しい建物。ということだけでも充分感動出来るんですが、首里城は琉球王朝の中心。また、第二次世界大戦中、首里城の地下には指令部があったので空爆され、現在の建物はほぼ復元なのです。

また、地域の事や首里エリアのことなども理解してから訪れるともっともっと楽しめると思いますので、歴史から見たココだけは押さえるべき7つのポイントをお伝えしたいと思います。

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沖縄都市モノレール「ゆいレール」

空港からゆいレールに乗ると終点は首里駅、そこから徒歩15分で守礼門に到着します。

ですので、このゆいレールは外せないポイントになります。また、このゆいレールも途中下車の旅なんていうのも楽しめます。

もちろん、今回は首里城がテーマなので、割愛しますが、なかなか面白いと思います。そのウチ取りあげますね。しゅん散歩とか・・・笑。

で、現在は首里駅が終点になっていますが、その先の工事が進んでいて石嶺あたりまでは用地買収も終わっているそうなので、完成までは時間の問題とかいう噂です。てだこ浦西駅(浦添市)まで延長されるそうです。

もしあなたが、首里城に行く際に終点でなくても執筆している現在は終点なので、怒らないでくださいね。あと、ここ重要なんですが、レンタカーを借りて沖縄を移動しまくるなんて人も是非、ゆいレールには乗って欲しいですね。ちょっと乗り方も海外見たいです。

自動改札機なんですが、切符のQRコードをかざして乗り、出口では切符を自動改札機に通して出るんです。で、この切符がなぜか回収されずに出て来ます。それを回収箱に入れるという・・・。ちょっと、レトロな感じの自動改札機ですね。(笑)

ゆいれーる 改札

歴史的には、沖縄都市モノレール「ゆいれーる」の本体となる沖縄都市モノレール株式会社が第三セクターとして1982年9月に設立されました。

その後、色々な工程の協定や許可申請などを経て、1996年11月に軌道本体の工事に着手し、2003年8月に開業しました。そして、さらに歴史的なことといえば、太平洋戦争の激戦地であったことから建設前に不発弾探査が行われるという、本土ではあまり聞かない工事が行なわれ、工事場所の3か所で、計7発の不発弾が発見され処理されました。また、開業後も何度か運転を休止して不発弾処理が行われています。

ゆいれーるに乗ったらこんなことをふと思い出してください。あと、赤嶺駅が日本最南端の駅、那覇空港駅が日本最西端の駅に指定されています。1粒で2度おいしい感じが良いでしょ~。(笑)

琉球王朝

そもそも沖縄は琉球王朝でその中心が首里城ということはご存知かと思います。現在は日本ですがそもそもは中国の傘下にあった王朝です。で、ちょっと歴史を学ぶと色々と面白いことが見えて来ます。そもそもは琉球国だったのにある時いきなり日本(薩摩藩)が侵略したわけです。そして、明治維新と共に解体されて、その後、第二次世界大戦に巻き込まれ、かなりの激戦区になり、その後はアメリカの領土になるというとっても複雑な歴史があります。もちろん、琉球から沖縄になっても、その当時の歴を学べるところはたくさんあります。

例えば、首里城では数々のイベントが行なわれます。そのイベントも面白いのが中国の民族衣装で行なわれるものと、琉球の民族衣装で行なわれるものが混在します。そして、中国の民族衣装で行なわれるイベントはすべて中国語で行なわれるそうです。また、琉球の民族衣装で行なわれるイベントはすべてうちなーぐち(沖縄の方言)で行なわれます。

琉球王朝絵巻行列出典:首里城公園

琉球王朝祭り首里 古式行列出典:首里城公園

まあ、ということは、私のような東京の人間にとっては通訳がいないと、どちらに参加してもまったく意味不明というわけです。まあ、こんな視点からも沖縄をうかがい知ることができますので、首里城のイベントは是非チェックしてください。

世界遺産・園比屋武御嶽石門

世界遺産に認知された!といっても首里城だけがというわけではなくて、園比屋武御嶽石門と玉陵も世界遺産に認定されているんです。ココ園比屋武御嶽石門については、wikipediaによると下記のような記載があります。

1519年に第二尚氏王統第3代王の尚真のときに造られた。オヤケアカハチの乱(1500年)で王府軍が八重山へ出兵した際に、将の一人であった大里親方に見込まれ首里に連れてこられた西塘により創建されたという。

1933年1月23日旧国宝に指定されたが、沖縄戦の戦禍によって王城などとともに荒廃し、指定解除。1957年に復元され、さらにその後旧石門の残欠を再利用して修復作業が行われた。現在の石門を注意深く見てみると、明らかに摩耗の度合いが異なる部分があるのは、このためである。

園比屋武御嶽石門は1972年にあらためて国の重要文化財に指定され、2000年11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録された。
また、西塘によって作られた竹富島の国仲御嶽は、園比屋武御嶽の神を勧請した御嶽である。

園比屋武御嶽石門 世界遺産園比屋武御嶽石門 世界遺産

国王が首里城から出かける時は、この園比屋武御嶽石門から出掛けて行ったといわれていて、ここで道中の安全を祈願してから出掛けたといわれています。なので、安全祈願して見るのも良いかも・・・

世界遺産・玉陵

玉陵(たまうどぅん)こちらもwikipediaによると下記のような記載があります。

玉陵は中室、東室、西室の3つの建築物に分かれる。中室は葬儀の後、当時の琉球の葬制に基づき遺骸が骨になるまで放置し、数年後に骨を取り出して洗骨した。洗骨した後に遺骨を骨壺に収め、王及びその妃の骨は東室に納められ、他の王族は西室に納められた。建造物の外は外庭、中庭に石壁で仕切られ、中庭には珊瑚の破片が敷き詰められている。

第二次世界大戦末期には、日本軍総司令部に近かった玉陵は首里城と共に集中砲撃の巻き添えに会い、東室・西室が破壊されるなど大きな被害を受けた。現在見られる大部分は第二次世界大戦後に復元されたものである。また第二次世界大戦で亡くなった旧制沖縄県立第一中学校(現・首里高等学校)の生徒を弔うための「一中健児の塔」などが近くに建立されている。

2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録された他、全体が国の史跡、「玉陵」5棟(墓室3棟、石牆2棟)が国の重要文化財(建造物)、石彫獅子と玉陵碑が県の有形文化財(彫刻)に指定されている.

実はこの玉陵(たまうどぅん)は首里城とは別に入場料が掛かります。そこだけご理解いただき見て頂けると嬉しいです。それだけの価値はあると思うので。

玉陵(たまうどぅん)

龍樋

首里城でコレだけが実は本物なんです。瑞泉門の右横にありますので、見落とさないようにしてください。ではなぜ、コレだけが当時のものかというと、昭和20年4月3日にアメリカ軍の空爆に遭い首里城は壊滅的な被害を受けたのです。なので、現在の首里城はほとんどが再建したものなんです。なのに、戦争当時この龍樋は博物館に保管されていてその被害に遭うことなく、無事だったということです。で、強運ということからかこの水にお賽銭を投げいれる方が多いようです。いや、ただ水が溜まっているからなのかもしれません。

龍樋

瑞泉

首里を知るのにはちょっと離れていますが、徒歩圏内で行ける泡盛の製造メーカー「瑞泉」さんの工場見学がお勧めです。(笑) ふざけているわけではありません、本当に「瑞泉」さんは戦争がなければ100年古酒があったかも、というぐらい歴史の古い泡盛のメーカーさんで、資料や写真も展示してありかなり興味深いです。是非、首里に行った際には、「瑞泉」さんの工場見学に行ってみてください。

※ 但し、予約して行くことをお勧めします。

瑞泉 泡盛

正殿

今回は取材ということで、閉館後の正殿に入らせていただきました。

夜の正殿内に私たちだけというなんとも贅沢な感じ。昔の王様とかはこんな感じだったのかな~なんて思いながらゆっくりと歩きまわりました。一般の方は不可能なので、閉館ギリギリに行ってみてくださいね。

正殿正殿 2正殿 内部

まとめ

首里城については、すでに書いていますが、たくさんの情報と古い歴史があります。

なので人によって受け止め方や見方もまったく違います。本当に奥が深くて知れば知るほど楽しめる。そんな場所だと私は思います。また、お城だっただけに見晴らしも最高ですし、交通の便も良いですから、是非、何度も足を運んで欲しいスポットです。

そして、それと同時に琉球王朝から沖縄になった歴史や、現在、日本になっていますが、中国、アメリカ、日本の3カ国、いや、沖縄と4カ国かな?このとてもカオスな感じではありますが、独自の文化を見ていただけたら、もっと夏だけではなく沖縄を楽しんでもらえると思います。